オステオパシーとはなにか 3
スティル博士は自分が人類に益する貴重な手段を見つけたことを確信し・・・
その方法に「骨」を意味する「オステオ」と「病む」を意味する「パソス」というギリシャ語から「オステオパシー」と名づけました。
はじめのころは、その理論を認める人はほとんどいなかったのです。
スティル博士は1870年代から80年代にかけて、ひとりでアメリカ全土をまわりながら、そのあたらしい技法のデモンストレーションをして歩きました。
・・・そしてようやく、ミズーリ州のカークスヴィルに「アメリカ・オステオパシー大学」が創設できるほどの理解者を得るようになりました。
その単科大学はアロパシーが医師にM・D(ドクター・オブ・メディスン)の学位をあたえるように、D・0(ドクター・オブ・オステオパシー)の学位をあたえました。
・・・1892年のことでした。
それからは、おもに口伝えで、オステオパシーが急速に普及しはじめたのです。