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2010年09月 アーカイブ

金融と資本主義 6

金融活動がほとんど押さえがたく膨張する第二の理由は、第一の理由のように、けっして技術的で、世界的なものではなくて、商業的で、国内的なものです。


《金融》のこの二つの支流(技術的・世界的な支流と商業的・国内的な支流)がこれほど早い時期に出会うようにあらかじめ条件づけるものはなにもありませんでした。


おそらく心理的誘惑がもたらす一定の効果を除けば、そうでしょう。


デジタル変換が可能にした為替取引の世界化が実現されたからといって、同時に企業の資金管理もまた、必然的につぎのような新しい時代を経験し始めるというわけではありません。


新しい時代とは、企業のいかなる資産も、いかなる負債も、不変のものあるいは自然に変動するものとみなされるべきではありません。


その逆に、資産・負債の組み合わせの改善と最適量がたえず探求されるべきだという暗黙の了解によって支配される時代のことです。


金融の技術者は、支払い能力のあるナルシスティックな顧客とともに誕生したのです。


たしかに、金融市場の世界化はこの金融技術者の新しい活動の限界を押しのけました。


貸借対照表の非物質化は、これもまた純粋に金融的な、新しい道具を必要としました。


貨幣とそれ以外の債権・債務証書との持続的な交換方法に関する、債権者と債務者との合意から生まれる道具が、それです。

金融と資本主義 7

思いついたらたちどころに実現されます。


記号の場合がそれでしょう。


会計簿記の、そして金融の例の創造力は、それが可能にするものをすべてあらわにするようになりました。


芸術は、自己自身を否定する快感にひたります。


例えば、単色画、ミニマルアート。


これは1969~70年代に米国を中心に絵画や彫刻に現れた、素材を最小限にしながら表現の主観性を抑制しようとする美術の傾向などのことです。


これに対して金融は、新製品をたゆまず生み出し続け、ついにシュールレアリズムを再発見したのです。


良識に反したいくつかの表現が、専門家連中のあいだで市民権を得ました。


かれらは貧欲な顔をして、有価証券担保貸し付け、金融の非仲介「ディスインタメディエーション(預金者が高金利の短期金融資産を購入するために銀行やそれ以外の預金取り扱い仲介機関から預金を大量に引き出す現象)、有価証券の流通に言及しました。


そして、OPA(株式公開買付・・・経営権の支配などを目的として株式購入数や期間を公示したうえで不特定の人から株を買い取る方法)。


LBO(上場企業が自社株の買い戻しにより非上場企業になること)。


その他のジャンクボンド(信用度の低い債券で、利回りは高いがリスクが大きい)


・・・といったような、あらゆる国民的金融システムが経験している変貌を説明しました。


徹底して近代的な方法で成長しようと望む企業が、自由に利用できる新しい金融技術を自分たちはことごとく知りつくしているということをひけらかすのです。

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