金融と資本主義 6
金融活動がほとんど押さえがたく膨張する第二の理由は、第一の理由のように、けっして技術的で、世界的なものではなくて、商業的で、国内的なものです。
《金融》のこの二つの支流(技術的・世界的な支流と商業的・国内的な支流)がこれほど早い時期に出会うようにあらかじめ条件づけるものはなにもありませんでした。
おそらく心理的誘惑がもたらす一定の効果を除けば、そうでしょう。
デジタル変換が可能にした為替取引の世界化が実現されたからといって、同時に企業の資金管理もまた、必然的につぎのような新しい時代を経験し始めるというわけではありません。
新しい時代とは、企業のいかなる資産も、いかなる負債も、不変のものあるいは自然に変動するものとみなされるべきではありません。
その逆に、資産・負債の組み合わせの改善と最適量がたえず探求されるべきだという暗黙の了解によって支配される時代のことです。
金融の技術者は、支払い能力のあるナルシスティックな顧客とともに誕生したのです。
たしかに、金融市場の世界化はこの金融技術者の新しい活動の限界を押しのけました。
貸借対照表の非物質化は、これもまた純粋に金融的な、新しい道具を必要としました。
貨幣とそれ以外の債権・債務証書との持続的な交換方法に関する、債権者と債務者との合意から生まれる道具が、それです。